6/4~5(千葉)対ロッテ

上空を見上げた和田の足が止まる。
捕球体勢ではない異様な光景に、野球の楽しさと怖さを垣間見た。

4日のロッテ戦(千葉)でその奇怪は起きた。
2回二死、ロッテ・竹原の打球が高々と舞い上がる。
上がった瞬間には、レフトフライでチェンジ。誰もがそう思ったことだろう。
しかし、次の瞬間には両手を広げ、固まるレフトの和田を見ることになる。
手前には、上空を指差すショート・井端。
カメラがふたりを撮り続けること数秒、打球はそのはるか後ろ、左中間フェンス手前ではずんでいた。
全力でベースを駆ける竹原。センター・李炳圭が打球に追いつき送球するも、ボールがホームに戻ってくることはなかった。

「(外野の)3人とも見えなかったそうだ。見えなかったものはどうしようもない。」(高代野手総合コーチ)
もっといえば、打球を指差した井端も(後のカットプレーの動きからすると)“消えた”のではないか。
そんな中で生まれたまさかのランニングホームラン。
投げた山本昌からすれば不運としか言いようがないが、これもまた野球なのである。

前日は雨で流れ、4日は薄暮にやられた。思い起こせば2年前、風でやられたのも千葉だった。
そんな相手のみならず、自然とも闘わなければならないこの球場を恨めしく思う気持ちはある。
だが、だからこそ思いがけないようなドラマが起きるのであり、何気ない一球にドキドキできるとも思うのだ。

奇しくも4日の試合を伝える新聞にナゴヤドームのありがたさと書かれた記事が掲載された。
たしかにファンにとっては雨でも試合が観れるのはうれしいことだし、中止になった場合の損失を考えれば、営業面でもありがたいだろう。
しかし、自然と共存してこそ“野”球なのである。
以前、WBC優勝報告で谷繁が県知事に屋外天然芝球場の建設を頼んだという記事を見た。
これが本場の球場でプレーをした選手の本音だろう。
言っても仕方のないこと、もちろんそうではある。
だが、野球界が変わりつつある今だからこそ、利便性を求めるだけでなく、野球というものを追求してほしいと思うのだ。

最近、愛知県では高校野球の県大会決勝をナゴヤドームで行うようになった。
そればかりか少年野球をドームで行うこともある。
子供たちにとっては“夢”の舞台なのだから喜びもあるだろう。
しかし、野球本来の楽しさを教えるならば、大会だからこそ屋外でやってほしい。そう思うのは変だろうか。
ドームでは何事も起きないひとつのボールに一喜一憂する。
そんな野球が僕は好きである。


6/4~5(千葉)対ロッテ 1勝1敗
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by kuunn_17 | 2008-06-05 21:40 | '08 Dragons

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